がまりんの日常をつづります


by akiyo_kimi24

ひげなしねこレビュー

児童文学作家の北村夕香さをが、ご紹介くださいました。

評論家でもある夕香さんのレビューはさすがです。
以下全文転載させていただきました。

 髭がなく、尻尾が長い。
 特異な容姿で、同じねこの間で、気持ち悪いとか、バケモノなどと揶揄される「ひげなしねこ」の物語。

 ところが、ご都合主義の世の中の縮図のように、蛇に襲われた仲間を助けてくれと、事件を知らせにねこたちはやってくる。
 ひげなしねこは、仲間のピンチを助けてやらなければ、男がすたると飛び出して、見事に蛇をやっつけてしまうのだ。

 通常こういう物語は、ひげなしねこが、素晴らしいねこだと仲間に理解され、みんなと仲良く暮らせるようになって終わるものだろう。
 しかし、ひげなしねこが友だちになったのは、嫌われ者同士のニシキヘビ。

 そもそも、ひげなしねこは、自分の存在に不安を感じてはいない。人とは違う容姿も、独りぼっちの身の上も楽しんでいるように見える。
 思いつきのように得た、ニシキヘビとの友情。

 このあたりが、この絵本の面白いところだ。
 何も片付かない。何も変わらない。
 だけど、ひげなしねこは、ニシキヘビという相手を得て、少しだけ楽しく、少しだけ強い存在になった。

 髭がなく、尻尾が長い。
 この設定には、何が象徴されているのか。
 髭も、尻尾もねこにとっては、他者と自分との距離を計るのに重要なアイテムだ。髭はないけれど、尻尾が長い。ひげなしねこというけれど、このねこは、まるっきり空気が読めない存在ではない。一番目に付くもので空気は読まぬが、目立たぬところで、人一倍、読んでいるのではないか。

 バランスの悪い生き方しか出来ぬものは生き難いものだ。
 そして、世間は変わらず、時には、バランスが悪いゆえに突出しているものに助けられているにも関わらず、日常の外に、その存在を置こうとする。
 身勝手だとも思うけれど、それはそういうものだろう。
 しかし、自分を愛し、自分に恥じない生き方さえしていれば、無二のものを得られるに違いない。

 『ひげなしねこ アンド にょよりんにしき』

 何にも変わってないはずの世間から、そう呼ばれる「ひげなしねこ」に世間の愛情すら感じてしまう読者の意識変化こそ、ひげなしのこの存在の潔さに、変わらぬ世間が敗北した証ではなかろうか。
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by akiyo_kimi24 | 2014-03-26 08:56 | 絵本と創作日記 | Comments(0)