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がまりんの日常をつづります


by akiyo_kimi24

選択

こちらでは、新盆のことを初盆と呼びますが、初盆をする家に14日の朝、「御佛前」と書いた香料をとどけるのが習わしです。

集落の戸数がわかっているので、新盆を迎える側は、御返しを準備して待ちます。
がまりんのうまれた地域は、子供にそのおつかいをさせるのが常です。

「おはようございます、これをあげて(佛前に)ください」
と言えば、
「はい、ありがとう、ちょっとまっててね」
と御返しをすればいいのです。
子どもだから、上がってお茶でも、と言わなくていいので、たいていは子どもがおつかいをして、子供がいない家のも預かって行っていました。

ところが相方さんに嫁いできたら、がまりんの実家とほんの一㌔しか離れていないのに、子供の使いはせず、大人が行きます。

上がりこんで佛前にお参りをし、お茶をいただきながらおしゃべりをしてきます。

受ける側は、やれ座布団、やれお茶、と忙しい思いをするのです。

さて、ここで問題です。
前者と後者、果たしてどちらがよいものでしょう。あるいは、どちらが義理がたい、と呼べるでしょうか。

自分の馴染んだ習慣がベスト、と思っているので、嫁ぎ先の習慣を悪く聞こえるように書いているのがわかります。(^^;)

どちらがいいとは決められませんが、新盆の家では、お墓の広場に場所を取って、お参りの人たちが寄れるようにしてあるので、故人をしのぶ話は、そこですればいいのです。

とまあ、こんな気むずかし屋の戯言のようなことを書きましたが、考え方の相違でしかありませんね。
習慣とは、面倒でも、したくなくても、バカみたいでも、やはり守っていくことが必要なのですもんね。


子どものころ、とてもやさしいおばあさんがいて、前を通り掛ると必ず、
「あらま、あそこの(がまの実家の名前)じょうちゃんじゃね、寄っていっきゃん」
と声をかけてくれたので、あるときは普通に、あるときは、仕方なく寄ってちょっと遊んでいました。

とても歓迎してくれるので、よほど嬉しいのかな、と、最初は仕方なくだったのですが、そのうち毎日時間をつくってはせっせと出かけるようになりました。

思えば、がまのボランティア精神は、ここから始まったのかも(^o^)

ところが、少女は、ある日聞いてしまったのです。
そのおばあさんが、他の人に話している言葉を。

「毎日やってきて、まこてせからしかもんじゃ」←毎日うるさいように来るという意味。

ええ゛っ!そんなぁ。

口と心が裏腹な時もあるのだと、少女はとても傷ついたのでした。

そんなことを思い出していたら、今朝は突然の雷雨、しばしpcを切ります。
by akiyo_kimi24 | 2009-08-15 07:02 | 読み語り | Comments(0)